冤罪事件をなくそう
実際にあった冤罪事件の支援者や被告人本人のコメントを掲載することにより、真実を証し、不当な権力からの救済に少しでも寄与し、同時に現在の司法の問題点を明らかにすることを目的としてます。

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新年を迎えて

 皆様、新年あけましておめでとうございます。このブログを読んでいただいている皆様方にとって2010年が良い年であることを心よりお祈り申し上げます。

 ところで、こちらが正月気分で浮かれているとき、刑務所の中にいる人々はどのような思いですごしているのかと考えるとちょっと切ない気持ちとなってしまいます。家族と引き離され、子供と会うこともできない正月とはどのようなものなのでしょうか。実際に犯罪を犯した者にとっては罰なのだから仕方の無いことかもしれません。しかし、冤罪で苦しむ人々にとって、こんなにつらく悲しいことはありません。家族の方についても同様です。

 冤罪事件は絶対にあってはいけないのです。昨年2件の再審開始が決定し、再審請求事件の加速化が言われております。ただし、たまたま昨年2件認められたに過ぎず、ここ十数年来、再審が認めることがなかったことを考えると現実は非常に厳しいと言わざるをえません。何故これほどまでに認められることがないのでしょうか。それはよほど新しい事実が出てこない限り認めないという裁判所の姿勢のせいです。裁判所は充分審議した上で結論を出しているのだから間違いはないのだという対応のせいです。一度結論を出した事件について一々再審を認めていたのではきりがなくなってしまうので、一概に裁判所の姿勢を間違いだと言い切ることは出来ませんが、裁判官や検察官とて人間です。絶対に間違いをしないとは言えるはずがありません。だとしたら、一度出した結論についても謙虚な気持ちで再審請求をした者の主張を聞いてもらいたいと思います。時間が経てば経つほど新事実の発見は難しくなります。ですから新事実が無ければ認めないというのであれば、事実上再審請求は無理ということになってしまいます。昨年の2件は極めて特殊な例外であるということになってしまいます。裁判所も人手が足らないという事情はわかります。でも、これまで何度も何度も繰り返して述べて来たとおり、無実の人を有罪としている可能性を考えてもらいたいのです。私はどんなに人手が足らず大変な状況にあるとしても、人を裁く以上、謙虚さをもって素直に再審請求者の主張を聞くことが裁判官の義務であると考えます。法律云々と言う前に人間としてそうあるべきだと思います。

 次回は、冤罪の温床であると言われている代用監獄について少し考えを述べていきたいと思います。

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【2010/01/06 17:33】 | 日本の司法は問題だらけ! | トラックバック(0) | コメント(2)

布川事件、再審確定

 2009年12月15日、布川事件の再審が確定しました。10月22日に確定した足利事件に次いで今年2件目です。再審となれば無罪となる可能性が極めて高いのですが、たとえ無罪となっても以前にも書いた通り、失った時間は戻っては来ません。この失われた時間について警察、検察側はどのように考えているのでしょうか。
 また、無罪となっても世間の人はよくこう言います。「有罪を立証できなかっただけで、やってないことを証明できたわけじゃない。本当はやっているに違いない」と・・・。確かにその理屈も解らないではありません。しかし、何かをすれば必ず痕跡が残りますが、やっていないことについては何も残りません。つまり、証明のしようがないのです。だから、やらなかったことの証明は悪魔の証明とまで言われるのです。今回の布川事件の再審確定においては、やった、やらなかったの証明ではなく、自白の信憑性に疑義ありということですから、自白内容に矛盾点が存在するということです。つまり警察が自白を強要したという痕跡があったということにほかなりません。このように何かをすれば必ず痕跡が残るのです。ですから、痕跡が無いからといって、必ずしもやっていない証明とはならないかもしれませんが、やっていない可能性が非常に高いと考えるべきではないでしょうか。冤罪事件で本当に怖いのは、偽の痕跡が作られていくということです。
【2009/12/15 17:48】 | 日本の司法は問題だらけ! | トラックバック(1) | コメント(0)

作られる事実と犯罪被害者

皆さんには本当のことを言っているのに、嘘つき扱いされることの悔しさがわかりますでしょうか。私は、検察での取調べの際、知っている本当のことを全部言っているのに検事に「嘘をつくな!」と言われました。裁判の証人台での発言でも裁判官に「証人の発言は信用できない」と言われました。このときのことは今でも時々夢に出てきます。
自分と知っている真実とは違う事が事実として進められていくのを目の当たりにして、心底恐怖を感じました。そして世間では裁判の結果が事実として扱われていきます。つまり、事実は作られていくのです。これは決して絵空事ではありません。小説や映画の中だけの話ではありません。今日笑って話している人が、明日突然、自分の身に覚えの無いことで犯罪者となってしまうこともあるのです。このことをどうすれば広く世間の人が知ってくれるのか、悩んでいます。
私は今でも警察や検察は必要な組織であると思っていますし、信頼もしています。逮捕された者の殆どは実際に犯罪を犯しており、罰せられるべき対象者です。もし、警察や検察がなければ犯罪者が自由にのさばってしまうことになります。だから犯罪者は逮捕されるべきです。当たり前のことです。問題は過ちを犯したときです。警察官や検察官も神様ではありませんから間違いをおかすこともあります。そのときに自らの面子を考えるのではなく、素直に間違いを正して欲しいだけです。そして裁判官も検察側の主張を鵜呑みするのではなく、無罪を訴える側の発言ももっとよく聞いてもらいたいだけです。そうすることが真の意味での信頼を勝ち取ることになると思うのです。

被害者の人権という言葉が時々世間で話されます。時として被害者より加害者の方の人権が重視されていると思うときもあります。しかし、世間から白い眼で見られるという点では加害者側の親族も被害者なのです。ましてや冤罪となればなお更です。冤罪で捕まってしまえば、たとえ後でそれが証明されたとしても失った時間は戻ってきません。だから過ちを犯した権力側はそれを認めて償いをするべきなのです。人権回復の為、出来る限りの償いをするべきなのです。それをしない限り、権力者側こそが加害者であり、犯罪に近い行為と言えるのではないでしょうか。
真実を暴くのが警察であり、検察です。そして、先にも書きましたがそれを実行していると言えるでしょう。ただ、全体から見ればほんの僅かではあっても、間違いを犯している事も現実にあります。そんな時、誤りについては間違いを素直に認め、「事実を作る」のではなく、改めて「真実」を求めてもらいたいのです。これをしないということは、捕まった者を横目に本物の犯罪者がのさばるということでもありますから。
【2009/12/04 12:56】 | 日本の司法は問題だらけ! | トラックバック(0) | コメント(0)

権力者に必要なもの

権力を持つ人間に必要なこと・・・それは以前にも書きましたが、刑務所で収容されている人たちに教えている5訓そのものです。謙虚な姿勢で国民の声を聞き、素直に指摘された問題点については反省し、国民のおかげで自分達があるのだと感謝しつつ、その国民に奉仕する。ということです。しかし、現在の権力者にこれらの一つでもあるのでしょうか。自分にはとてもあるようには思えません。誰かがどんなに必死に訴えても聞いてはもらえない現状が、それを証明しています。このような状態ですから、冤罪がなくならないのです。そして、数少ない冤罪であることが証明された事件でも、権力を行使した者は、都合の悪いことは隠し、責任逃れすることに終始し、謝ろうともしません。こんなことでいいのでしょうか?否!!いいはずがありません。ではどうすれば変えられるのか?権力者が人の話を聞かない以上、その権力者を圧倒するような大きな力で変えさせるしかありません。では、その大きな力とは何かということいなります。その答えをほとんどの国民は知っています。国を動かせるような圧倒的な数の国民の声です。しかし、残念ながらこれまで国を動かせるような状況になったことはありません。何故でしょう。それは、ほとんどの国民が現状を知らないからです。また、知っていてもとりあえず自分達は平和で安心して暮らしているからです(その平和で安心がいかに脆いものであるかということを気がついていても眼をつぶってしまっています)。だから日本ではクーデターも起こらないのです。もし、今が戦時中だったらこの様なことを書けばすぐに危険思想の持ち主であると官憲の手によって捕まっているでしょう。そうならないのは言論の自由が憲法で保障されているからです。このことには素直に感謝しなければならないと思います。ただし、直ちに逮捕されることはなくとも、このような文章が権力側の眼に触れればマークされていくことは間違いが無く、有形無形の圧力とともに、権力側は捕まえる口実を探すようになります。それがわかっているので、みな(特に家族を持つ人たち)何も言えなくなってしまうのです。

皆さんはご存知でしょうか。刑務所の中で書かれた文章は全て検閲されています。そしてその内容によって、書いた人は懲罰の対象となり、懲罰ならなくとも人権を無視した嫌がらせをうけるこなります。そんな現状を見るにつけ自分の無力さに嫌気がさしてしまいます。『蟻の一穴からダムが崩壊する』と言いますが、自分はその蟻の一穴となる力すらなく、情けなくなります。でも、諦めたらおしまいです。たとえ最後までこの声が国民に届くことなく死んでいくことになったとしても、いつかは届き、国を変えることが出来ると信じて続けるしかありません。
【2009/11/29 12:12】 | 日本の司法は問題だらけ! | トラックバック(0) | コメント(0)

出頭

昨日[平成21年11月19日)午後1時半、弁護士(廃業したので正確には元弁護士となりますが)は、家族に見送られ、主任弁護士とともに、検察に出頭しました。出頭する前に一緒に食事をしましたが、本人の内心はともかく表面上は元気そうに話をしていました。それから一つ特筆すべきことがあります。あれほど頼んでもやめてくれなかったヘビィスモーカーである先生が一本もタバコを吸わなかったことです。吸い納めだからこの日だけはいくら目の前で吸っても我慢しようと思っていましたので意外でした。何か強い決意があるのかも知れません。
今後は二週間ほど小菅拘置所に収容され、その中で色々な検査やテストをされ、どこの刑務所に行くか決定するようです。

平成17年10月26日に逮捕されてから4年以上の月日が流れました。無念な思いを残したままの結果となりましたが、どうかこれからもよろしくお願いします。

世の中にはこの弁護士だけではなく、多くの不当逮捕が存在します。この許されざる状況を打破し、少しでも冤罪で苦しむ人の力になれるよう、また新たな悲劇を生み出さない為にも、このブログを終わらせてはならないと改めて決意いたしました。

【2009/11/20 12:09】 | 日本の司法は問題だらけ! | トラックバック(0) | コメント(0)
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プロフィール

Author:shinnjitu
行政書士の廣瀬直樹です。自分もちょっとしたことから冤罪と言われる事件に関わるようになり、冤罪事件が不当な権力によっていとも簡単に作られ、まわりの人間がどんどん不幸に巻き込まれていくことを知りました。冤罪事件は決して『ヒトゴト』ではありません。

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