冤罪事件をなくそう
実際にあった冤罪事件の支援者や被告人本人のコメントを掲載することにより、真実を証し、不当な権力からの救済に少しでも寄与し、同時に現在の司法の問題点を明らかにすることを目的としてます。

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過ちを改めない・・・それが検察

裁判において、弁護士と検察は対等の立場のはずです。しかし、検察は弁護士を取り調べることが出来ますが、弁護士は検察を取り調べることは出来ません。ですから、決して対等とは言えないのです。そして、検察審査会はあるもののこれは、検事のした起訴、不起訴に対し、それが妥当であったか問うものでしかなく、検察官そのものを取り調べるものではありません。したがって、検察を取り締まる上部組織はないわけです。このため、検察は好き放題をやれるという図式が成り立っているのです。もちろん冤罪事件は全体のほんの一部であり、検察は多くの犯罪者を捕らえる必要な組織です。検察組織を決して否定するものでもありません。しかし、彼らとて人間であり、過ちを犯すのです。なのに、彼らはまるで自分らは絶対であるかのように決して間違いを認めません。自分らの面子のため、間違っていたとしてもそれをつぶしにかかります。これが正しいことでしょうか?法の精神は100人の犯罪者を逃しても、1人の冤罪者を出してはならないというのが基本となっています。ですから疑わしきは罰せずと言われるのです。ですが、彼らのやっていることは、1人を冤罪で犠牲にしても100人を捕まえるです。冤罪による負の連鎖については前回も述べましたが、言われなきことにより、不幸にされる人がいる。そんなことが許されるはずがありません。そして、なにより問題なのは、冤罪によって真犯人は大手を振って世間を歩けてしまうということです。
司法のある意味頂点に立つ彼らは、常に謙虚な人格者である必要があります。しかし、私の見てきた検察官はみな自分の言うことは絶対であるという人間ばかりでした。「過ちを改めるにためらうことなかれ」と言いますが、この格言とは無縁の世界に住む住人であると言わざるをえません。
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【2006/12/11 13:40】 | 日本の司法は問題だらけ! | トラックバック(0) | コメント(0)

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Author:shinnjitu
行政書士の廣瀬直樹です。自分もちょっとしたことから冤罪と言われる事件に関わるようになり、冤罪事件が不当な権力によっていとも簡単に作られ、まわりの人間がどんどん不幸に巻き込まれていくことを知りました。冤罪事件は決して『ヒトゴト』ではありません。

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